久しぶりに震災関係の映像をネットでみました。
別に見ないようにしていたわけではないし、テレビでも最近は本当に流れなくなったし、見る機会がなかっただけなのかもしれません。
映像を見ると、震災当日の自分の動きや地震直後に車のテレビで見た津波の映像が一瞬でよみがえってきました。
クラッシュの働きを続けていると、誰かの被災の話を聞いてもさほど震災直後よりも感情的に揺れなくなっているのが正直なところです。
それが、良いのか悪いのかは別として、ある意味で感情的に麻痺しているのは事実だと思います。
話を聞く度に涙を流しているわけにもいかないし、最近は皆さんあえて話さない、振り返らないという選択をしているようにも思う。それを無理矢理振り返らせるのは違うと思うので自然な流れにまかせる事は心がけるようにしています。
でも、大変な思いをした人の話も聞かず、震災の「悲しみ、苦しみ」の思いが小さくなると自分の中では緊張感が抜けるというか、この働きの根本部分が見えなくなっているような気がする。
私にとって、震災がおきて一番最初に思ったのは「何かしなければ!」という漠然とした思いだけだった。具体的にこれをするというような思いは全くなかった。ただ「何かしたい!」という思いだけだった。
当時は仙台市内の病院の24時間の救急センターの医療事務の仕事をしていて、結婚もしていて、妻は妊娠4ヶ月だったので、簡単に仕事を辞めるわけにもいかないし、私が働いていた病院にも次から次に救急車やヘリコプターで患者さんが運ばれてくるし、「辞めます」とはとても言い出せる状況じゃなかったのも事実でした。
少し仕事が落ち着きだしたのが4月中旬頃で、そんな時にクラッシュで働かないかと声をかけていただいて、5月上旬からクラッシュで働き出しました。
今は良い意味で力が抜けているし、「何かしなければ!」という思いも今はない。
自分ができる事、しなければいけない事は何かを日々考えさせられています。
でも、初心の「何かしなければ!」と思った震災の生々しい事実を忘れないためにも当時の映像は見返すようにしなければいけないなと思わされました。
皆さんが震災後に一番最初に抱いた思いは何ですか?
その思いは今も強く残っていますか?
佐々木歩